Restaurant name |
Kyuukamadashi Chiya
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Categories | Cafe、Traditional Café |
Phone number (for reservation and inquiry) |
011-594-8681 |
Reservation availability | |
Address |
北海道札幌市中央区南10条西9-1-30 |
Transportation |
421 meters from Nakajima Koen Dori. |
Opening hours |
Hours and closed days may change, so please check with the restaurant before visiting. |
Average price(Based on reviews) |
~¥999
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Number of seats |
12 Seats |
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Non-smoking/smoking |
− |
Parking |
Available 3台 |
Occasion |
This occasion is recommended by many people. |
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Website |
東屯田通から小路を少し入った古民家リノベの「れんがギャラリー/カフェー 旧鎌田志ちや」
大正13年に質屋として建てられたと伝えられている建物です
質屋を営む場合は質草を保管するための設備が義務付けられており、こちらの建物にも煉瓦作りの保管庫が設置され現在はレンタルスペースとして活用されている
HPは「2007年10月20日」に開設されていますが、いつからカフェ営業を始めたのかは不明
自分の母方の祖父も自身が幼少の頃まで砂川で商店を営んでおり、住居と一体だった2階建ての木造建築家屋は非常に似たような造りで昔の事を思い出した
建物はカフェとギャラリーの他に数社のオフィス的機能も備えているようで店舗前の看板にはいくつかの社名や団体名が刻まれる
ガラガラと引き戸を開け玄関へ入ると、誰も居らず「すいませ~ん」と叫ぶと奥から20代?の若い男性が対応する
「営業してますか?」と尋ねると「どうぞ」と招き入れられた
この手の店舗へ来る度に躊躇するのは土間から一段上がるところで靴を脱ぐべきか否か、なのだが今回は「靴のままどうぞ」と記されていたのですんなり
店はカウンターのみ5席だが奥の間にも客席は用意されている様子
MENUはコーヒー、ソフトドリンク、ビールなど8種で超シンプル
お冷をいただき二種のコーヒーから「フレンチ@400」をオーダー
少々お待ちくださいと隣の部屋へ消えたのち豆を挽く音
5分ほどで「お待たせしました」とコーヒーは目の前へ置かれた
ザラっとした素焼きのような肌地のグレーのカップ、特別な拘りは見られず甘味・酸味などもほぼ感じられず苦みだけが突出した味わい、抽出した湯の温度が適温で豆の特性通りの味が再現されているように思える
BGMは重厚なシンフォニークラシック・・・知らない曲だが当てずっぽうでワーグナーとか?
音響機器は「Technics、Marantz」などの凡庸機種
コーヒーカップが置かれると縁側への戸は閉められ誰も居ない中での放ったらかし状態だったが、とにかく部屋中レトロ感満載であちこち写真を撮るとキリがない
ちまちまとスマホを弄りながら30分ほど滞在・・・
部屋のどこかに神様が宿っているような空気感は、誰か(何か)にジッと見られているような雰囲気だが古い時代を知っている昭和親父には、どこか懐かしく気分的に悪くはない
帰りは縁側へ出る引き戸を開け「すいませーん」と声を掛け会計をして貰う
最近流行のキラキラした甘味のMENUなどなく女子受けしないかも知れないが、こんなシンプルな古民家カフェもたまに良いではないか
しんしんと雪が降り積もる日に歪んだ硝子から外の中庭を眺めながら、温かい珈琲を飲んでみたいと、ふと思った。
ごちそうさまでした
以下HPから抜粋【http://tonden-street.com/index.html】
この建築は大正十三年に質屋として建てられたと伝えられており、既に築八十年以上の年月が経っています。大正末期の札幌は人口が約一万五千人。市街地が屯田兵村の面影残る山鼻町に拡がり始めた頃です。大正十五年には「国産振興博覧会」が開催されるなど、欧米文化へのあこがれや自由主義的風潮に後押しされ、急速に“文化生活”が庶民に広がりました。そのような時代背景の中、質屋の必要性も増したのではないでしょうか。
私たちは空き家となったこの建物を偶然知り、そこに刻みこまれた時間の積層に魅了されました。そしてどうしても再生したいという思いを抱きました。露わになった地層、ロータリー車に削られた積雪の断面、何度も重ね塗りされて剥がれたペンキ、大木の年輪。積み重なったものの姿は常に美しいと思います。八十年間溜まった埃さえ愛おしく感じます。そこには人の記憶、街の記憶がこめられています。しかしその記憶は単に過去へのノスタルジーではなく、何か未来へつながる明日の記憶だと思います。再生されたこの空間が地域の人々の交流の場となり、山鼻の活性に役立つように努力することで、また新しい時間の堆積が始まってほしいと考えています。