Restaurant name |
Kamiyu Onsen Kurabu
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Categories | Ryokan (Traditional Japanese inn) |
Phone number (for reservation and inquiry) |
025-799-3350 |
Reservation availability | |
Address |
新潟県魚沼市清本583 |
Transportation |
1,042 meters from Uonuma Tanaka. |
Opening hours |
Hours and closed days may change, so please check with the restaurant before visiting. |
Average price(Based on reviews) |
¥1,000~¥1,999
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Method of payment |
Credit Cards Accepted (AMEX) |
Non-smoking/smoking |
Smoking / Non-smoking area separated The revised Health Promotion Act for passive smoking prevention has been in effect since April 1, 2020. Please check with the restaurant for the most up-to-date information. |
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Parking |
Available |
Space/facilities |
Spacious seating |
Occasion |
This occasion is recommended by many people. |
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Website |
この日は「えちごツーデーパス」という切符で移動していたが、この日の主目的は、温泉施設での入浴だった。
下車したのは、JR只見線の魚沼田中駅である。
只見線の駅で下車するのは、学生時代に越後須原駅で降りて以来、??振り(笑)である。
最近はほとんど車では走ってないけど、ほぼ並行して会津に向かう国道252号線の方が、はるかに利用頻度が高かった。
JR只見線は…残念ながら1日に4本では、鉄道の役割を果たせているとはいえないよね。
しかも2013年7月現在、一部区間が不通になっていて、終点(会津若松)まで行くには、代行バスを使わねばならない。
ちなみに小出発は7:20、13:11、17:10、19:57しかないし、帰りも16:42(小出行き)まで列車が来ないというすごさである。。(苦笑)
こうなると…する事は、温泉施設でゆっくりする事しかない。
2013年7月6日訪問
向かったのは神湯温泉倶楽部だった。
新潟駅からずっと乗り継いだ関係で、昼時を逃してしまったので、こちらでまずは、昼食を済ます事にした。
この施設への訪問は、1997年の12月以来である。
なぜ覚えているかというと、その年の大河ドラマ・毛利元就の最終回で、元就が亡くなるシーンをこちらで見たからだ。
当時は大河ドラマを継続的に見られる環境ではなかったので、総集編を見ただけだったけど。
ちなみに今回は、某雑誌の、1回入浴無料企画での利用である。
さて…食事は休憩所を兼ねたような広間でするのだが、まずは食券を購入する。
ふと見ると、温泉施設にはありきたりのメニューの中で、珍しいメニューが目を引いた。
「開高めし」なるものである。
写真と説明書きもあったが、もう時刻も14時近くだったので、お腹がかなり空いていた。
そこで説明を読むのは後まわしにし、取り急ぎ開高めし・800円の食券を購入。
この開高めしなるメニューは1日10食限定らしいが、土曜日の14時でも売り切れていないというのは…?
宣伝するほどの人気商品でもないのかな??(苦笑)
広間(座敷)には長テーブルがおかれていた。
「席は何番にしますか?」とおばちゃんスタッフに聞かれたが、落ち着ける端はすでに他の客に占領されて、希望の席が空いていない…
ウロウロしていると、「13番で良いですか?」と追いうちをかけられた。
結局強制的に、席は13番に決定させられ、指定(?)の番号の席にとりあえず着席。
水はセルフサービスなので自分で運び、待つ事しばし…
ほどなく開高めしが運ばれて来た。
注文前にチラリと写真で見たサンプル同様、現物も、見た目のボリューム感には、かなり欠ける…パッと見は、精進料理のように見える。
食べる前の感想は、これで800円は高い!…というものであった。
以下は、食べた後で知った情報を得る前の、私の率直な感想である。
内容は…
・開高めし
・冷やっこ
・酢の物2種類…魚のものと、おぐらと海草を使ったもの
・紅ショウガ
・漬物
・みそ汁
写真がないので上記の内容から想像してもらうしかないが、このメニューには、メインがないのである。
→それが、この料理の見た目をショボく(失礼!)、精進料理のように感じさせる理由かと思われる。
せめておかずに肉か魚がついたら、印象も全く違ったものになったと思うので、そこはちょっと残念だった。
メインがないと書いたが、実はこのメニューのメインの役割は、開高めしそのものが果たしているのだ。
この開高めし、見た目は山菜(炊き込み)ご飯に見える。
私は新潟県民とはいえ、海よりも山が身近な存在であり、子供のころに無理やり山菜を食べさせられたりしたため、嫌いであった。
(大人になって一時新潟県を離れ、今ではしみじみとおいしくいただけるようにはなってはいるけれど)
おいしく食べられるようになったとはいえ、山菜にお金を払って食べるという行為には今だに抵抗があり、お金を払うなら別のものを…
という気持ちが強いのである。
従って正直、期待はずれの気持ちで開高めしを食べ始めた。
そしたら…
ん…?
え!?
驚いた…おいしかったのである!
単なる山菜炊き込みご飯と思い込んで食べた私は、油っこくて、和風チャーハンのようなおいしさに、目を丸くした。。(大げさ)
この味覚は、全く想像していなかった。
なるほど、そういう事か?(ちょっと納得)
総評としては、意外とおいしかったものの、やはり物足りなさは禁じえない…というのが、率直な感想であった。
食べた後で知ったが、開高めしなるものは、山菜焼きめしの事だったのである。
芥川賞作家の故・開高健氏が魚沼市銀山平に逗留している際、好んで食べた事が、開高めしの由来となったとの由。
また開高めしには、以下↓の3つの条件があるとの事。
①山菜を3種類入れる…特にぜんまいは、必ず入れる。
②必ず炒める
③紅ショウガを添える
私はそこまで知らなかったので、入っていた山菜の種類はチェックせずに食べてしまったが、②と③の条件は間違いなくクリアしていた。
ちなみに、弁当のおおももさんの「開高めし・開高めし弁当」の写真を見ると、肉と魚がメインで入った2種類があり、800円らしい。
同じ800円なら、やっぱり肉や魚の存在感があった方がうれしい(苦笑)よね。
さらにちなみに…店名のおおももは、漢字で書くと大桃で、あのタレントの大桃美代子(本名)は、この地域(魚沼市)の出身である。
全国的には珍しいものの、このあたりでは普通に存在する姓だというのも、面白い。
若干の物足りなさは残ったものの、おいしかった。
ごちそうさま。
【越後国内における会津藩飛び地領の、民衆(心理)の離反】
幕末段階において会津藩は、越後国内に広大な飛び地を有していた。
これは幕府による、戦国時代に上杉の強大な大国であった越後の力を削ぐための、いわば、「越後分割政策」の一環だったのだ。
会津に入った徳川の親戚・松平氏に多くの飛び地を与えれば、それだけ越後の国力は弱まる。
ただでさえ11もの藩に細分化され、そのほとんどの藩が譜代となれば、団結して幕府に抵抗するような事態は、起こり得ないと考えたのだ。
そしてその幕府の思惑は、結局その通りとなり、越後国内の抵抗勢力は皆無のまま、徳川の世の終焉を迎える事になる。
それにしてもまさか家康も、徳川(幕府)側が逆に抵抗勢力となって、越後で戦う事になろうとは…夢にも思わなかったであろう。
さて、正確な数字は確認出来なかったが…
童門冬二氏の小説・河井継之助(完全版)によれば、会津の越後国内の飛び地は、「魚沼郡(3万石)と蒲原郡(5万石)に顕著」とある。
つまり…越後国の魚沼郡は、ほとんどが会津藩領(飛び地)だった事になる。
しかし財政難の会津藩は、半ば強制的に徴募を行ない、貴重な労働力を強引に奪った上に、食料までもが取り立てられ、村々は二重の負担に苦しむ事になる…しかも、武器もまともに与えられずに戦えという無茶ぶりなのだから、とてもやってられない。
→このような行為が原因で、次第に越後の民の心は会津から離れてしまう。
ついには会津の敵・新政府軍や、越後に進軍して来た上杉軍(米沢藩)に、自分達を救ってくれる存在を求めるようになる。
上杉軍(米沢藩)は、会津とともに新政府軍と戦うために進軍して来たのに…もかかわらずである。
つまり越後の民衆は、ここに至っては、自分たちを救ってくれる存在であれば、誰でも支持したい…という気持ちになっていたようなのである。
※参考:会津藩からみた北越戊辰戦争