安定的な仕事ぶりと、穏やかに流れる空気感が魅力
昼に時間が空いたので、家の近所からバスに飛び乗り向かったのはこちらの蕎麦屋。
ご主人の真摯な仕事ぶりと、女将さんのゆかしい接客を楽しみに、開店以来何度か訪れている信頼のおける一軒である。
11時半の開店時刻に合わせて到着。
当然ながら初客である。
変わらぬ笑顔の女将さんに促されて、座り慣れた左手のテーブル席の一つを選ぶ。
何はともあれ生ビール(ヱビス)をもらうが、口開けながら注ぎ方も上手で美味い。
お通しには「揚げ蕎麦」が付いた。
肴には、まず「ごま豆腐」をもらう。
黒胡麻の他に茹でた蕎麦の実も入り、少量ながら凝縮された旨味がなかなか良い。
天ぷらも頼もうとメニューを見ると、「天ぷら一人前」(活車海老1尾、野菜)1,000円が、新たに載っている。
これは好都合と頼んでみた。
暫しの後に運ばれた皿の光景は、期待を大きく上回る豪華さ。
女将さんからは'今日の海老は少し小さかったので、2尾お付けしました'という言葉が添えられた。
実際の姿を見ると'才巻'としては決して小ぶりではなく、これは嬉しい誤算である。
色鮮やかな海老天は甘みが感じられ、丁寧に殻を剥がして食べやすいようにした頭も付いている。
添えの野菜もオクラ・小茄子・いんげん・葱のかき揚げ・丸十、さらに海苔に盛られたトロロ芋、と盛りだくさん。
揚げの技術は上々で、抹茶塩で味わうがどれも美味しく、サービスの部分を差し引いても大満足の逸品。
こちらの酒は昔から新潟の「かたふね」だが、種類は幾つか用意されている。
ご主人に相談して選んだのは'純米生原酒'で、腰の据わった味わいが好ましい。
これには別に「野沢菜漬」が付き、これらで暫し寛いだ時間を過ごす。
蕎麦は久々なので、好みの3種を選べる「三色盛」を注文。
内容は「せいろ」変わり蕎麦の「しそぎり」「ひきぐるみ」でお願いする。
懐かしい松花堂風に仕切りの付いた器で登場。
以前にも述べているように「せいろ」も田舎風の「ひきぐるみ」も、現在は十割となっている。
しかし微粉の挽きを上手に繋いでおり、食感にも喉越しにも遜色のない優れた蕎麦である。
つゆも相変わらずの、バランスの取れたすっきりとした仕上がり。
薬味の仕事も丁寧。
朱泥の常滑焼の急須で出された蕎麦湯は、当然ながら外連味の無い自然体のため、気持ちよく伸びる。
全てを飲み干して充足感に浸る。
12時を過ぎても後客の姿が見られなかったので'珍しいですね'と女将さんに訊けば、近所の「東京音大」が夏休みに入ったためとのこと。
常連さんには、あそこの先生方が多いようだ。
おかげでこの癒し空間を独占することが出来た。
期待通りの「蕎麦屋酒」を堪能。
改めてこちらも私にとって大事な一軒であることを確認。
'一茶庵色'は徐々に影をひそめるが、雰囲気や接客は相変わらず好印象
こちらも定期的に訪れたい一軒。
平日の午後に時間が空いたので、黄色に染まった鬼子母神の銀杏を愛でつつ足を運ぶ。
時刻はまだ1時半だが、暖簾をくぐるとすぐに、女将さんから蕎麦が残り少ないことを、申し訳なさそうに告げられた。
「せいろ」と「しらゆき」が一人前ずつとのことで、「せいろ」を取り置いてもらい、まずはいつものように「かたふね」を、今回は'ぬる癇'でもらう。
お通しは「野沢菜漬け」。
杯を運びながら品書きを眺めると、肴類にはそれほど変化はないが、蕎麦の種類は大幅に縮小されている。
温かい「かけもの」が無くなり、「もり」の4種類の蕎麦のみが並び、その後に薬味・浸けつゆ・天ぷらなどが載っている。
女将さんに伺うと、普通に頼むと蕎麦には通常のつゆが添えられているが、オプションでこれらのものがプラスできるシステムの様だ。
今回は「鴨つくね汁」を合わせて注文。
運ばれた角盆には、蒸篭に盛られた蕎麦とつゆ・薬味の一式と、「鴨つくね汁」の深めの小鉢が乗っている。
蕎麦は少し緑がかった新蕎麦で、品種は埼玉の「常陸秋そば」とのこと。
香りはもちろん、食感も喉越しも申し分ない。
つくね汁は小さめに丸められた柔らかな鴨つくね5個と、油で炒めて焦げ目のついた葱がたっぷりと入り、コクのある味わいとなっている。
2種類のつゆで楽しむこのスタイルは、なかなか面白い。
急須で出される自然体の蕎麦湯を、それぞれの器に注ぎ、余すところなく飲み干し満足感に浸る。
ご主人の体調を考慮して、このようなスタイルに定着させたとのこと。
営業そのものも、昼は蕎麦が無くなり次第終了、夜も予約客に限定しているそうだ。
縮小されたとは言え、昼でもきちんと「蕎麦屋酒」が楽しめる体制が維持されているのは喜ばしい。
かつて店を手伝っていた、可愛らしい娘さんもお嫁に行ってお子さんも出来、ご主人夫妻も大分お年を召された。
しかし私にとっては大切な蕎麦屋であり、これからも末永く続けていただくことを願うばかりである。
(新規に8枚の写真を追加掲載)
≪2013年3月のレビュー≫
前回から2年近く経過してしまった。
土・日は通し営業であるため、客が退いた時間を見計らって、日曜日の2時前に寄ってみた。
それでも2人掛け用のテーブルが1卓空いているだけで、人気ぶりが窺える。
まず冷酒を1合。銘柄は前回同様「潟舟」。
今回のお通しは「野沢菜漬け」と「胡桃とじゃこの飴炊き」で、気が利いている。
肴には「そばとうふ」をもらう。
量は少ないが、茹でた丸抜きも入り舌触りが良い。
蕎麦は札に書かれた、この季節ならではの「桜切り」の文字が目に入り、久しぶりにそれを交えた「四色」を注文。
松花堂風に仕切られた器に、「桜切り」・所謂'さらしな'である「しらゆき」・「せいろ」それに「挽きぐるみ」が盛られている。
こちらでの「桜切り」は初めてであるが、香りも色合いもほのかで、奥ゆかしい出来。
4種類それぞれ食感や香りにめりはりが有り、なかなか楽しい。
出汁が芳しく香るつゆも、相変わらずの上品な仕上がり。
蕎麦湯は流行物のとろみの付いたものでは無く、さらっとした自然体であることも好感。
こちらは前にも述べたように「一茶庵」の教室の出身で、開店当初からその仕事に忠実であった。
しかし最近になって、蕎麦の打ち方に独自の個性を盛りこむようになり、今では全て十割に切り替えたようだ。
表面上のメニューにあまり変化は見られないが、蕎麦そのものは変貌している。
今回の4種類の中では、「しらゆき」や「変わりそば」でははっきり確認できないが、最も変わっていたのは「挽きぐるみ」である。
これは以前「田舎」という名前で出されていたもので、メニューを良く見ると、その部分に貼り紙で訂正されている。
かつてのこちらの「田舎」はいかにも一茶庵系らしく、太くて断面が四角く、噛みしめて食するスタイルであったが、今回は色こそ黒っぽく香りも強いが、太さは大分細くなり武骨さは影をひそめた。
文字通り‘挽きぐるみ’であるが挽きは細か目で、いがらっぽさは皆無の滑らかな食感は、私には嬉しいタイプ。
帰りがけに女将さんにこの点を指摘すると、'我が意を得たり'と色々と話してくれた。
女将さんも以前のごつごつした「田舎」が嫌いだったそうで、ご主人と試行錯誤の結果、このようなスタイルに落ち着いたとのこと。
一昔前は「一茶庵」の教室出身者であれば、どこでも判で押したような仕事が見られたもの。
私が3年ほど前に、最初に投稿した頃には、この店もまだそのスタイルが顕著であった。
開店から15年を経て、こちらも良い意味で「一茶庵」の縛りから解き放たれたようである。
前回にはまだ掛けられいた、「片倉康雄氏の書の額」がはずされたいたことが、何よりそれを象徴していると思う。
≪2011年5月のレビュー≫
この連休中に約1年振りに訪店。
11時半過ぎに寄ってみたら、今日は偶々正午開店とのこと。おかげで今まで繁々と眺めることの無かった、「鬼子母神」の社殿を拝むことが出来た。
今回は着物姿の女将が、変わらぬ笑顔で迎えてくれた。
酒は越後の「潟舟」という銘柄をぬる燗で。お通しに「野沢菜漬」と「浅蜊の佃煮」が付いた。
肴には「いたわさ」。「焼板」が3切れに「焼き海苔」も数枚添えられており、これで暫し寛ぐ。
蕎麦は温蕎麦を試してみたくて、初めて「かけ」を「田舎そば」で注文したが、これが大正解。
醤油色はやや薄めだが、出汁が品良く香る「つゆ」の加減が素晴らしく、太過ぎない蕎麦も適度なコシを残しつつ、たおやかな歯当たりで秀逸な出来。
薬味の葱の他、色紙切りの「焼き海苔」の小片と、炒った「蕎麦の実」が添えられているのが面白い。「花巻」風にしたり、炒った実の歯触りを加えたりと、様々な味わいが楽しめた。
今回のような使い方では、それほどCPの悪さは感じなかった。
「花番」として、女将さん似の可愛らしい娘さんが手伝っていたことも好印象。
年数を経たとは言え、その分味わいを増した店内も清楚な落ち着きを見せ、これからも定期的に訪れたい気持ちを抱かせる。
≪2010年4月のレビュー≫
何時でも行ける場所に在りながら、随分御無沙汰してしまった。
相変わらず清楚な店内である。
主人は脱サラ系で「一茶庵手打ちそば教室」の出身。掲げられた「友蕎子 片倉康雄氏」の書に私淑の程が窺える。
鬼子母神の参道脇に店を構えて、早いもので14年になる。
ここの卒業生でも独自のスタイルを盛り込む店が多いなかで、ここは「一茶庵」伝統の流儀を貫いている。
「せいろ」1,000円、「変わりそば」1,500円と、「一茶庵」系でもトップクラスの値段であるが、盛りはそれほど悪くない。
酒は1合1,000円から。3種類ある「玉子焼き」は普通。以前に食した「天ぷら」は値が張るが、それだけのことはあったと記憶している。
遅い時間ではなかったが「変わりそば」はすでに品切れ。仕方なしに「三色」を「せいろ・しらゆき・田舎」で頼んだ。
いずれも端正な蕎麦切りで、茹で加減も精妙。特に無骨すぎない「田舎」が秀逸。
香り高い伝統の手法の「つゆ」も素晴らしい。ナチュラルな蕎麦湯にも満足。
「松花堂」風の設えと、この3種の組み合わせに、今は無き本郷の「萬盛庵」が思い出されて懐かしかった。
Restaurant name |
閉店Sobadokoro Wamura(Sobadokoro Wamura)
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Categories | Soba |
Address |
東京都豊島区雑司が谷3-12-3 川戸ビル 1F |
Transportation |
東京メトロ副都心線【雑司が谷駅】徒歩5分 323 meters from Zoshigaya. |
Opening hours |
Business hours and holidays are subject to change, so please check with the restaurant before visiting. |
Budget(Aggregate of reviews) |
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Method of payment |
Credit Cards Not Accepted Electronic money Not Accepted |
Number of seats |
12 Seats ( 座敷(小上がり)2席(4人がけ×2)、テーブル2席(2人がけ×2)) |
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Private dining rooms |
not allowed |
Private use |
not allowed |
Non-smoking/smoking |
No smoking at all tables |
Parking lot |
not allowed 近くのコイン・パーキング:雑司が谷3-8に11台収容、ほか |
Space/facilities |
Comfortable space,Tatami seats |
Drink |
Japanese sake (Nihonshu),Japanese spirits (Shochu) |
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Occasion |
With family/children |With friends/colleagues This occasion is recommended by many people. |
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Location |
House restaurant |
With children |
Kids are welcome
常識の範疇で可 |
Dress code |
なし |
Remarks |
夜は当日14時までに予約要。 |
1日の都内のコロナ感染者が2万人を越えたそうだが、何れ収束するであろうし騒ぎ立てたところでどうにもならないと達観して、相変わらず蕎麦屋巡りはポツポツと続けている。
不謹慎と思われる向きも有ろうが、私の場合、勝手知ったる店に空いた時間帯を狙って単身で出向き'黙食および黙飲'に専心しているため、問題は無いと考えている。
さて今回訪れたのは、25年前の開店以来10回以上訪れているこちら。
雑司ヶ谷のため我が家から比較的近いこともあるが、居心地の良さでは白眉の一軒であり、長年通い続けている。
開店時刻の11時半の5分ほど前に到着。
しかし定刻前に手伝っている娘さんが'お寒いですのでお入りください'と言って、中に導いてくれた。
変わらぬ笑顔の女将さんに迎え入れられ、座り慣れた左手奥の2人掛けのテーブルの一つに通された。
打ち場の中では、ご主人がせっせと蕎麦切りに専念している。
まずはビール(ヱビス中瓶)で始める。
お通しには「揚げそば」が付いた。
肴には「合鴨焼」を'たれ'で注文。
薄からず厚からずにスライスされた抱き身が6切れ、炒め焼きされて甘辛いタレが塗されている。
しっかりした火通りで食感も硬めだが、旨味は有り濃過ぎないたれの味加減も良い。
卓上の粉山椒と七色を添えて食べ進めていく。
添えの野菜3種(葱・椎茸・ししとう)への、丁寧な仕事も光っている。
酒に「かたふね」をぬる燗でもらう。
燗をつけることで香りが立ち、味の奥行きも増した印象。
日本酒を頼むと付き出しが一品添えられるが、今回の「糠漬け」がなかなか美味しい。
胡瓜・大根・人参の3種の盛り合わせだが、ほのぼのとした味わいに心和む。
これらで暫しの蕎麦前を楽しむ。
後客は一見さんも含めて3組が相次いで入店し、12時前で満席となった。
その後の客は待っている状況だが、時々声を掛けつつ先客に対しても決してプレッシャーを与えない、女将さんの如才ない客あしらいは見事。
と言いつつも、蕎麦は早めに頼んでおく。
今回は「三色盛」にして、内容は「季節のレモン切り・せいろ・挽きぐるみ」でお願いする。
こちらでは現在、浸けつゆにバリエーションを設けるスタイルとなっているが、その中から300円の加算で「ごま汁」を足してもらう。
先に設えが登場。
普通のつゆはきちんと徳利で出され、含んでみると江戸前の伝統に照らせばやや返しが弱いが、出汁の香り立つ上品な仕上がりで、特に「変わり蕎麦」や「しらゆき」には良く合う。
ごま汁は胡麻の他に細かに砕いた胡桃も入っているようで、かなり濃厚でまったり感も強いが、甘ったるさが無いのは好ましい。
これには相性の良い胡瓜の細切りが、小皿で添えられている。
次いで思い出深い十字の仕切りの付いた松花堂風の器で、蕎麦が供された。
「れもん切り」は香りも酸味も爽やかで、清廉な印象。
「せいろ」は歯触りも喉越しも良好の、安定した仕上がり。
「挽きぐるみ」は香りが強く多少の野趣はあるが、十割ながらしなやかさも感じられる洗練された仕事。
これらを2種のつゆで味わっていくのは、中々楽しい。
ごま汁はせいろや挽きぐるみで試すが、玄妙な味わい。
「胡」から齎されたとされる胡瓜は、やはり胡麻や胡桃との相性が良いようで、細く切られているので食感の邪魔にならないのも良く考えられている。
蕎麦湯は今どきの'にわか蕎麦通'が喜ぶドロドロ系とは対極の、正統的な釜湯のままの自然体。
すっきりと伸びるため双方の蕎麦猪口に注げば、つゆの旨味がストレートに味わえる。
余すところなく飲み干せば、満足感が五体に染み渡って行く思い。
期待通りの充実の「蕎麦屋酒」が楽しめた。
蕎麦の出来や丁寧な仕事が施された肴は、相変わらずレベルの高さを維持。
お勘定の5,000円ちょっとは、内容からすればリーズナブル。
しかしながらこちらの一番の魅力は、居心地の良さである。
共に美人の女将さんと娘さん(開店当初可愛らしい女学生だった彼女も、今では結婚してお子さんも居ると言う)の応対ぶりに、心和まされる常連客は多いと思う。
いつまでも大切にしたい佳店である。