店名 |
kamaagesupagetthisupajirou
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類型 | 義大利麵 |
03-3779-1155 |
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可供預訂 |
無法預約 |
地址 |
東京都目黒区目黒1-4-6 弥生ビル 1F |
交通方式 |
JR山手線【目黒駅】中央改札 徒歩2分 距离目黑 123 米 |
營業時間 |
營業時間和假日可能會發生變化,因此請在用餐前諮詢餐廳。 |
預算(評價匯總) |
¥1,000~¥1,999¥1,000~¥1,999
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付款方式 |
可使用卡 (AMEX、JCB、VISA、Master) 可使用電子錢 (Suica等交通系電子貨幣、樂天Edy、nanaco、WAON、iD) 可使用二维码支付 (PayPay) |
座位數 |
30 Seats |
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個人包廂 |
不可能 |
包場 |
不可能 |
禁煙・吸煙 |
嚴禁吸煙 |
停車場 |
不可能 |
空間、設備 |
有吧檯座位,有沙發座位 |
酒水 |
有葡萄酒 |
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料理 |
提供英文菜單 |
此時建議 |
許多人推薦的用途。 |
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網站 | |
開店日 |
2012.3.30 |
「エビアンのスキンクリームを使っているな。香水はレール・デュ・タン。しかし、今日はつけていない」
昨日あきらめた「目黒シネマ」でのサイコスリラー2本立てにふたたびchallenge !
まったく同じ時間の都バスに乗って家を出たので、乗った電車もほぼ同じ時間だと思う。すると駅を這い上がってすぐの大きな交差点の角のお店の庇の影で、信号待ちのような、人待ちのような、コケティシューな衣装を身に纏った可愛らしい女の子が立ちずさんでいて、あの娘、昨日も同じ場所に立っていたような気がするんだけど、気のせいかなぁ ……
<R5.5.4>
「すみません、本日大変混み合っておりまして、もしかしたら補助席になるかも知れませんが、よろしいでしょうか」
とは昨日も聞いたセリフ。
しかし今日はもう覚悟を決めていたのでそのまま切符を購入し、貰った整理番号は6番。昨日もしも鑑賞を決めていたなら貰えた番号は8番だったので、大した違いではないと思われるかも知れないが、
「初回でどのくらい埋まってしまいましたか ?」
「残っている席はだいたい10席ほどですね」
との流れを鑑みたとき、これは予想通り、昨日よりはかなり状況が好転したとも言えるのだ
「すぱじろう 権之助坂店」
そんなことで今日も午前11時半くらいからお昼ご飯処探検を始め、幾つかのお店をキープとしつつ初めて目黒川をbreakthroughしてみれば、お店屋さんが急激に減衰してしまい ! タイムロスしただけですごすごと引き返して来て、結局一番最初に目星を付けていた“じろう系”スパゲッティ屋さんに入店することに。
お一人様はカウンターとのこと。
まだ時刻は正午に達していなかったが、これは界隈にお勤めのサーヴィス業の方々であろうか、早めのお昼に入る人たちで適度にその椅子は稼働しており、でも窮屈を感じない程度にちょうど収まることが出来てlucky !
“なすと挽肉のペペロンチーノ/L(乾麺換算170g !)” @1,200
“ミニサラダ” @いくらか忘れた
税込で〆て1,600円からお釣りわずか。
通りの向かいに「五右衛門」さんを見つけていたが、今日こちらをチョイスしたことは、ぼくの生活動線から既に「五右衛門」さんには長けていたので、スパゲッティーニを超える細麺を用いる、未だ慣れていないこちらのほうに、と思っただけ。
最初に有無を言わさず供された、それも「五右衛門」さんのものに似た永谷園のスープが無くなり、“マスタードドレッシング”というのもfreshなちびsaladをやっつけた頃、ちょうど良いタイミングでその“茹であげ”は舞い降りた !
一際目を惹かれるのは、陸・海・空の覇者を意味するスリーポインテッド・スター ! 言わずと知れたメルセデス-ベンツのエムブレムの意匠を忠実に再現する、その堂々たる茄子の配置 !
そしてさすが“じろう系” ! 乾麺換算170gはダテぢゃない !
一目見てこりゃ完食は無理かも、と軽く絶望しかけ、それでも器として用いられている巨大なbowlのタナをとりつつ(釣り用語で水深を測ること)、これならばぎギリギリいけるかも、との楽観のままに ! ゴットリープ・ダイムラー&カール・ベンツに対するこちらのお店の深いリスペクトは速やかに無視し(笑)、手にしたfolkで躊躇なくばらばらにして、大量のカペッリーニと混然一体となるよう撹拌していく !!
ばらばらの肉塊が 宙ぶらりんになり
ざんばら髪のおんなが破裂する めくら撃ち
完全に絶命した茄子の肉塊を前に、天才ギタリストを失った「DEAD END」の曲が胸に滲みた ……
真面目に言って“挽肉”と“茄子”はまだ良いとしても、オイルベースに加わる“tomato”がペペロンチーノの定義を根底から破壊しているのではないか ! という気もしないでもないがしかし、そのトマトのrossoを纏ってくれているからこそ、卓上のパルメザンチーズに躊躇なく手を伸ばすことが出来、この170gの消化にも目途がつこうというもの !
結論的に太さ云々あろうとも、やはり乾麺茹で上げのお店は、大抵のことが許せてしまうから良いと思う
【以下映画の話】
監督:ジョナサン・デミ
出演:ジョディ・フォスター アンソニー・ホプキンス スコット・グレン
1991年 118分 アメリカ合衆国
「羊たちの沈黙」
異常者に迫ることが出来るのもまた異常者。
その負の特性を転用するべく異常者を味方につけたとき、独特の奇妙な頼もしさが生じるが、決してそれに微睡んではならないし、飼い慣らしているのだと錯覚してもならない。さもないと必ずや、手痛いしっぺ返しをくらってしまうことになるのだ ……
FBI養成学校の成績優秀実習生クラリスは、恩師でもある行動科学科講師兼捜査官のクロフォードに呼び出され、若い女性を次々に殺してその生皮を剥ぐ連続猟奇殺人犯“バッファロー・ビル”事件解決の為、FBIへの協力を拒んでいる元精神科医の連続殺人鬼、ハンニバル・レクター博士から助言を引き出すという困難な使命を与えられる
話の筋も概ね忘れ去っていたが、今回久しぶりにあらためての鑑賞で2点ほど意外に思ったことがある。
一つ目は、主人公クラリスの体格が、とりわけ屈強な周りの男子実習生の中に混じるとこんなにも小柄だったのか ! ということ。
二つ目は、そのクラリスの能力について、心理捜査官の卵としてもっと頼りなく描かれていたと思ったがどうして ! 小柄なクラリスは屈強な警官たちや狂った連続殺人鬼たちという、いわばパワフルな男たちに混じって、それに拮抗する聡明、及び勇敢を身につけていたということ。
そして結論から言わさせていただければ、サイコスリラーの金字塔とも名高い本作はやはりその名の如く、今更私が言うまでもないことだが息もつかせぬ緊張をもう最初っから最後まで持続させる、とことん素晴らしい映画であったのだ !
前述の男性と女性の体格差というのは言わずもがな、男性に依る女性支配、所謂性差別の象徴であろうが、“バッファロー・ビル”は女装趣味者であり、剥いだ女性の皮で作ったドレスを身に纏うことに依り完成された女性を目指す、ということは、同じ人間として、寧ろふつうの女性には身体的にコンプレックスを抱いていたとも言えようし、一方のレクター博士は人肉食を愉しむ究極のグルメであり、雌肉も好きな可能性はあるが、劇中屠殺して飾り付けるのは男である。
そう考えると、両者ともに少なくともstraightな女性差別主義者でない、ということが、クラリスのほんとうの敵は実はこの異常者たちなどではなく、養成所で男子訓練生が投げてくる興味本位の視線、また掴みつつある成果を横取りしようと目論む年長者たちの自己顕示欲など、もっと日常に、恒常的に存在しているものであって、だからこそ逃れられもしないのだ ! という恐怖を、観客に無意識的に刷り込む演出も冴えわたる !
そしてすべからくヒロインというものが、アメリカン・スリラーには今も昔も必須の犯人の隠れ家である地下室付きの古びた一軒家に、よせばいいのに、必ず単身乗り込んでいくべし ! というこの無慈悲なしきたりは、いったいどこの誰が決めたと言うのか !
いったい彼女たちは、何故こういうことが成せるのだろう ? 自分が同じ立場だったら、無数の罠が仕掛けられているかも知れない異常者のアジトに単身突っ込んでいくなど、現実とても出来ないに違いなく、必ずや援軍の到着を待ち、そのあとだって、なんなら自分は外で待っていたい(笑)。
しかし彼女たちが必ず、それを待たず勇敢に飛んで火に入るのは、まあ、それが映画だからかな ……
「個人的な話はするな。彼をまともな人間だと勘違いするな。くれぐれもそのことだけは忘れないでくれ」
剥ぎたてほやほやのデスマスクを被り、半死の警官を装って救助を待つ“まとも”ではない超人 ! そして古き良き時代の日本のギャグマンガさながら、男性器を股に挟み隠して女になり切ろうとする変態 !
彼らの立ち振る舞いはしかし、最初からもうまともではないからまだ質(たち)が良いと思う。朝の通勤電車に乗って、まともを装ってまともではない人間ばかりが目につく今日この頃であればとりわけ。
ひょっとして通勤電車の彼らが挙って着けている不織布マスクは、レクター博士さながら、他者への噛みつき防止用なのではなかろうかと疑ってしまうほどに ……
「羊の鳴き声がやんだら知らせてくれ」
ジェンダーレス・トイレもいよいよ多目的感極まった現在であればこそ、こういった名作を観返して、変態というものを今一度、頭の中で整理し直しておく必要があると思った。
大まかに言って質の悪い変態の中に、少しだけ多少はマシな変態の混じるこの変態社会を、最近電気羊の夢ばかり見るこのぼくのこと、縦横無尽に乗り切る為に ……
Fine