乾いた季節 : Daibu meibutsu tori ten to osake no omi setsuyoshi

日の出とともに朝の訪れを知らせる蝉の声は９月に入ったとたんに消える。
出勤途中の住宅街の庭先からは秋の虫が金属を細く研ぎ澄ますように和音を奏でている。


大きな網目になって頭上を蔽いかぶさる坂道の枝は夕刻の陽を遮りヒグラシの声が寂しく響いている。
旗の台を象徴する大学病院の背の高いビルが見えて来る。
流行が季節の無い夏をもたらした。
どこからか響く風鈴の音が乾いた季節に潤いを与え夏の風景が幻灯機のように蘇る。
帰省、盆踊り、花火、潮騒、太陽の球児。。

「あった、ここだ」相棒が囁く。
二階への階段をのぼり店に入る。
カウンターに座る。
エビスビールが乾いた喉に潤いを与え麦の香りが心地よく鼻を抜ける。
お通しは手羽先煮。
不器用な僕の手は手羽先をさばいて煮汁漬け。
肉を喰いながら自分の手の先の指をシュポシュポと舐めている。
つまみはとり天の中から色々な部位を楽しめるミックスとり天というやつを。。
カボス醤油で食い付けば肉の潤いが口腔いっぱいに広がる。
相棒が頼んだクリームチーズ酒盗。。
クリームチーズの上に酒盗をふんだんに乗せている。
ビールから切り替えたつよしと言う焼酎ロックに合わせるとこいつがまたいい。

開店早々のお店は僕らの他にテーブル席にご婦人がお一人。
運ばれた料理を前にして店の御主人とテーブル席で向かい合いながら話し込んでいる。
そしてご婦人は料理の写真や御主人の撮影にシャッターの音を鳴らしている。
カメラを前にした御主人は愛想の良い笑い顔を浮かべている。
ご婦人はプロの取材屋なのかそれとも趣味的なものなのか。。
「テイクアウトの場合、さめたらチンでも大丈夫ですか？？」
「残念ながらてんぷらの宿命で電子レンジでは萎びてしまいます。オーブントースターで温め直す方がいいでしょう」
やり取りが聞こえて来る。

最後のひと品がねぎ炒め。
メニューのねぎ炒めにはシンプルイズベストとただし書がある。
登場したねぎの青い部分がしっとりとしてなかなかいいものである。

秋も乾いた季節が続くのであろうか。
稀に見る大型の10号が九州に近づきつつある。
大きな禍がないことを祈るしかない。
台風の襲来で季節を感じるのはあまりにも寂し過ぎる。

心の持ちようで乾いた季節に潤いを与えるしかないであろう。。