あまい…、まろい…、ふく(福)よか新蕎麦…音威子府の風 : Nakamura ya

「東京の地に降り立ったその足で即…」と、長～い旅から予約しての黄昏。
たどり着き挨拶しつつの目に飛び込む「新蕎麦／打ち始めました」の文字。
そぞろになった挨拶の語尾に、視線の先をたどり…察したご亭主が一言…。
「今日から」！。
見合った視線に互いの奥をのぞき込み、思わず顔がほころぶ。
「令和元年東日本台風」一過、くわえて明日明後日と定休にくわえた月に一度の連休。
台場の内、外、思うところあろうに感謝しつつの大正解！

直ぐさま手繰りに行きたいところを、ぐっとこらえビールで口元浸し。
板わさ、天ぷら盛り合わせをプロローグに、カップ地酒でWake Up。
ほのかに感じた灯りが、いつしかしっかり身を包むころあいに、
おろしせいろ大盛りで、Go Up。
一口手繰って思わず「あま～い！」に、ご亭主ニッコリ！
手繰って手繰って「まろ～い！」と感歎すれば、捌く箸手許見つめて…、ご亭主ニンマリ！

灯りにうっすら照り返す臼を見やりながら、今年の音威子府蕎麦の実との対話を尋ねると…。
「花のそよぎが、ほどよい子守歌になったよう…」
「臼挽くこちらも、年々歳々五線譜に染み入り魅せられて…」

エピローグに、追加せいろをおそるおそる所望すると…。
応えての「大丈夫」は、こちらを案じての「？」、ではなく、待ってましたの「！」。

しばし別れの手を振りつつ見上げた夜空に、音威子府の風へと思いはせる星が舞っていた。

（当初の寄稿文を、5ヶ月経て、加筆操作誤って全文削除してしまう不手際…。refrainままなるかな…）

[文月に届いた便り]　
　一文字重ねし名にひかれ、先ずは山廃仕込み大吟醸「福千歳」。
　漏斗(じょうご)で、カップからそそぎうつし満たしたグラス猪口。甘酢っぱいかぐわしさを突っ切り、ツーィツィツィと飛びこむ。
　乾坤一擲(けんこんいってき)ならぬ献魂一滴とは…、このことよ。
　わが身なす細胞と脳髄でおりつむぐ小宇宙のすみずみに、しみわたる。
　一息つき、福井は田嶋酒造のカップ・ラベル「ふくろう」をしみじみ掌(たなごころ)に包みながら、しっとりプルプル「鈴廣の板わさ」で、唇をまた初心にかえす。
　「地鳥焼き」が、やってきた。まぶすようにたらした蕎麦のつけ汁。これが、たまらなく香ばしい。

　ガラス戸一枚、出張一日目にして　のされぎみの喧騒と蒸し蒸し暑さは、サラリと消えはてた。
　昨夏の上京時は、あいにくの定休日。よって二年ぶりにして、わずか三度目。なのに、懐かしさで身が落ち着く。

　岩手は二戸市の「南部美人」でほどよくしぐれ、「大(おお)ざる」で〆る。そのつもり、だった。

　ところが、背後のはすむかいテーブルにあとから掛けた男女4人組のもりあがりが、すさまじい。
　丁々発止に酒肴飛びかい箸入りまじる卓をはさみ、
内は某大学キャンパス、外は政治外交、はては地球外天体生命体まで縦横無尽あめあられの喧々諤々。
何やら木戸銭いらずの「新宿末広亭」か「天満天神繁昌亭」がさながら小屋ごと、
はたまた電波無用の「TVタックル」か「そこまで言って委員会」がさながらスタジオごと、　
舞い込みスッくとせまりくるようなあんばい。
　それでいて、店の雰囲気を心得たふうの、抑制をきかせた声量。それが、かえって耳を蕎麦だて、いやソバだてさせてしまうところが…、にくいではないか。

　チャンネルをかえるのも、スイッチを切るのもどうにももったいなく、結局あおられたように、愛媛は「石鎚」、山口は永山本家酒造「貴」、青森は三浦酒造「豊盃」、宮城は田島酒造「墨廼江」のカップ酒がずらり並んでしまい…。　いや、我が身に注いだ責任は我が心にあるわけだから、「並んだ」は正確ではなく「並べた」わけで…。

　ついには「自分の気持ちに正直であろう」などと静岡の「花の舞」、石川は車多酒造「天狗の舞」。
　ようやくにして、地元東京は野崎酒造の「喜正」をもって、とどめにできた。
　この間、「そばがき」、「天ぷら」ぞんぶんに口にし舌づつみはうったけれど、声帯は注文のほか「お勘定」、「御馳走さま」の二響きだけだったはず。
　一人しんしんとTVモニター向かいに目と心を遊ばせ、赤の他人のテーブル談義を背に見事な聞き上手ぶりと酔いしれながら、笑いは底抜け、合いの手もつっこみも共振共鳴しまくった。
　翌朝宿舎での目覚めは、「あっぱれ」だったよ。

　以上のような暑中見舞いが、この店に3年前案内した、かの旧友から届いた。
　残念ながら、今回は同行できなかったのだ。

　念のため、大虎がでてはいなかったかと新聞の三面記事をくまなくのぞいたうえで、のれんをくぐり聞き耳を立ててみたけれど、件のその日も灼熱のアスファルトに揺らぎながら、幟しなだれることなく、「夏目坂上　異常なし」、だったようだ。
　ただきっと大隈候には、蕎麦をたぐり酒をたしなみながら夕景に溶け込み散じる一人の紳士の心模様が、届いたにちがいない。　　

[初投稿：2013盛夏]
　蕎麦が、好きだ。
　6日夕方、地下鉄早稲田駅から地上に出ようとして、階段途中から見上げた灰色の空に稲光りがはしった。
　中山（堀部）安兵衛が高田馬場の決闘に向かう途中息継ぎに枡酒をあおいだという小倉酒屋が、茹であがったアスファルト路面の向こうに揺らいで見える。熱い、暑い。
　そう思ったとたん、蕎麦をたぐりたくなった。
　小倉酒屋側、夏目坂を上りきってしばらくのところにある、十割の手打ち蕎麦屋がひらめいた。
　その時にはもう、足が向いている。
　意識が追いついたとたん、雷鳴とともに一気の雨。ビシビシ雨粒が頬を打つ。「痛い！」、そう感じた刹那に「なんの！」。滝に打たれる行者気分に、ますます蕎麦が食べたくなった。
　とはいえ、あまりの雨しぶきにたまらず、坂途中のイトーヨーカ堂にとびこみ、二階のダイソーで傘を買う。210円。
　透明なビニール傘を突き破らんかとする雨脚ごしに、手打ち蕎麦とかかれた店先の幟（のぼり）が、にじみ見えた。なんと、けなげではないか。雨に打たれながら、楚楚と迎えてくれる。

「おろしせいろ、大盛り！」
　蕎麦に添して口にした大根か、はたまた山葵（わさび）に、涙。
　のぞき見られたはずもないのにさては察せられたか、すかさず、おかみさんから声が飛んだ。
「脇皿の天かすをつゆに入れると辛味が甘味に変わりますよ、お好みで」。
　おっしゃる通り…、でした。

　シンプルな店構えに、石臼廻る店内。
　このまちの歴史をわずかでも歩いた者にとっては、代を継ぎ、改装なって果たした見事な脱皮が、うれしい。
　店の心意気を伝えるシャキシャキ笑顔のおかみさんに、店奥に見透せる台場の朴訥優しげな目のご亭主職人兄さんとアンタッチャブル弟さん。
　清涼感にみちみちた一幕を、味わった。

　翌日昼、うってかわって真っ青な空に白い雲。
　上京の友人を、大隈講堂時計台と大隈重信侯銅像へご挨拶にと、いざなう。
　蝉の声がかしましい。そののち、こちらへ案内。
　まかせられた注文に、昨日と同じく、おろしせいろ大盛を。
　二つ。
　これに、お昼のご飯セット。

　大いに気にいってくれ、
「次の上京が楽しみになってしまった」と。
　ミシュラン蕎麦屋を舌で確かめるを愉しみ、私以上の蕎麦好き自認と胸張る彼をして、
「いいねぇ、野に揺れる蕎麦の花おもう清々（すがすが）しさ」。

　そばにあって素っ気なく互いに魅せるが、蕎麦の真骨頂。
　ごちそうさま。

P.S　
　蕎麦をたぐる相伴に日本酒にまさるものなしと持論の彼が、次の機会のためにと酒の用意を尋ねた。御亭主がおかみさんと目をみあわせ、奥の冷蔵庫にひっそりひかえるグラスカップ酒のコレクションをのぞかせてくれた。彼にとって初めてみる一合グラスカップ酒「地方酒蔵のアラカルト」。彼の眼が、いたずらっこになった。