古びた、渋い居酒屋 : Akahoshi

前日、中野の行きつけの刺身の美味しい居酒屋に行こうとしたが満席で入れず、どうも刺身を食べたい熱が収まらない。
愛車にまたがり、向かったのは東中野と新井薬師前の間にある「魚又」。

しかし、こちらが何と満席。
ここは場所が住宅街の真ん中で店が周りにないのだ。
ただ、一軒を除いて…。

その一軒がこの店というわけだ。

激渋の外観の古びた居酒屋だ。
渋いというか、ボロいといっていいと思う。
その外観、情報の少なさから素通りを繰り返してきたが「魚又」の満席は「トツゲキセヨ」という酒の神からの勅令なのだと思う事にした。

引き戸開き、中に入るとカウンター席に座っているおっちゃんが1人。
サンダル、スラックスにチェックのシャツをインし、ヤギのように長いひげを蓄えている。
一瞬、客かと思ったが、このおっちゃんが店主らしい。

生ビールを頼むのはリスクが高そうだと判断し、瓶ビールがあるかと聞けば、あるというので瓶ビールにした。

出てきたのは、「スーパードライ」だった。
店名は「あかほし」なのに。

お通しはハンバーグの切れ端と、大胆カットな人参入りの冷えたカレーを小鉢によそったものだった。
カウンターの上には「二段熟カレー」のルーが文字通り箱積みにされていた。
人参の溶け具合からして、「自然四段熟カレー」くらいになっているかもしれないカレーだった。
こういうC級感は嫌いじゃないし、むしろ、この店にはそれを求めて入ったので問題ない。

次は何を頼むべきか。
メニューを吟味する。
メニュー内容は洋も和も中華（餃子、ラーメン）もあるが、それぞれが3-4品並んでいて、どれが強いというのがなさそう。
そもそも、そんな選択肢は多くないのだが、「あれにしようか、これにしようか」と迷ってしまうのは、どうも換気用に開放された扉から見える、
目と鼻の先にある「まいばすけっと」のせいだ。
あちらこちらに無造作に置かれた調味料や、商品から察するにこの店の重要な仕入先だ。
物に因っては「まいばすけっと」丸出しのものが出てくる可能性があるのだ。
それは何とか避けたい。

飲食店の真似事をしている僕はこの質問は愚問だと思っているので、滅多にしないのだが、やむを得ない、苦渋の決断だった。
「お勧めはなんですか」と聞いてしまったのだ。

店主はしばらく考えたのち、小さな声で「豚大根かな」と呟いた。
正直、お通しがカレーだったので、「煮込もの被りで微妙だな」と思ったのは事実だが、お勧めを聞いておいて、違うのを頼む胆力はなかった。

店主は年季入りまくりの厨房にスタスタと入っていくと一瞬でそれを持ってきた。

秒で提供されたので、また、冷えている料理かと思いきや、人肌程度には温かった。
鍋にふたして、保温しておいたか、種火でちょろちょろ温めているのか。

大根は味が箸がすっと入るくらい柔らかく、豚は繊維状に煮崩れていた。
少し煮詰まっていて、醤油辛いけど、酒には合う。これでいい。

頭上の大きなテレビから流れていたのは人気バラエティー「家についていってもいいです？」だった（このパロディのAVが個人的に好きなのは内緒の話だ）。
第一子の死産を乗り越え、幸せに暮らす家族の話だったので、ふいに泣きそうになった。

同じくカウンターに座ったおっちゃんも腕を組んでうんうんと頷いており、変な一体感が生まれた。

朝3時くらいまではやっているそうで、仕事帰りや、同業者が飲みに来るらしく、ピークタイムは深夜12時前後だという隙間産業的な飲み屋だったが、
確かに何となく温かみのある店で、不思議な魅力がある。
故郷は福島から取り寄せているというラーメンが気になるので、どっかで飲んだ帰りの〆にラーメンを食べに来るのも有りかもしれない。