面差し、味わい、どれも端正。 : Teuchi Soba Nagaseya

梅雨入り前だというのに、暑さは半端なく、でも朝晩は涼しい。
この日から私はやや長めの休みに入ることができた。時期的には「梅雨休み」とでも言おうか。前日（と言うか当日）はお決まりの残業、当然のように疲労していた。お腹空いたけど、胃に負担が少ないのが良い、という事でこちらを思い出し、車を走らせた。

土曜昼時、到着すると待ち客がおり、少し待った。

数分待ったか、着席の後にメニューからお願いしたのはとろろそばの冷たいの。一緒の人はすだち蕎麦。
繁忙時間のため、揚げ物をしていないとのこと。ちょっと残念だななんて思っていた、けれどもそれはあっという間に撤回。
何故なら、やがて現れた目の前の丼が余りにも綺麗だったから。

滑らかな白で覆われたとろろ蕎麦。頂の鰹節の香りがものすごく良い。
そして一緒に行った人のすだち蕎麦。ぱっと開いた大きな花のようだ。
輪切りのすだちの下には、豚しゃぶと大根が敷いてあるという豪華版とか。

花火だ。これはもう、納涼花火大会。

うきうきと、食べていく。
蕎麦は細く、しなやか。鰹節の香りを一緒にとろろ芋に巻き込ませてずるずると吸い込むように食べる。
女性的な味わいの細やかさ。夏の旬を感じる冷たい蕎麦。根津の蕎麦屋でも夏の盛りに涼やかのをいただいた事があった。歳をとると夏を乗り切るのに滋養をつけるのは大事だ。

壁に掛かるクロムハーツのサイケデリックな額は中途半端な東洋風。BGMは規則性の向こう側を行くジャズ。蕎麦が良いだけにこれはちょっと自分の好みでは無かった。箏で歌謡曲の旋律だけをだだ流しなのよりはよっぽどいいけれど。

日本の時代劇を外国人が演じたら瞬時に違和感を感じ取るだろう。そうした力を我々は生まれながらにして備えているものだ。

ちゃんと休める大型連休、ホームタウンでお昼をしよう、となった。
袷はそろそろ仕舞おうかという時期だったので、夏日になりそうな気配もあり、夏の名古屋帯を合わせた。
そしていつものように愛車の舵を取る。
袷の着物は今シーズンは今日でおしまいだ。

お蕎麦にしましょと、ながせやさんへ向かう。
お願いしたのは冷やし鴨南蛮。

相変わらず、綺麗な面差し。
ひらひらっとした鴨は、蔵王から来た地の名産品で脂は軽く旨味が濃い。
中央にはくるくると、大根が綺麗に巻かれている。
さやいんげん、細切りの茄子、綺麗でたおやかな蕎麦が絡むと心地よい。
そういえばここには静岡の戸隠蕎麦名物の磯おろしのようなのもあった、こんな暑い日はそれでもまた、よかったかなと。

連休の前半は伊豆～駿河で過ごした。
その際、縁あって、大島紬が私の元に来たので和裁をする方へお願いをしてきた。
昨年は袷の紅型だったので、どうやら最近南国方面の着物に縁があるようだ。
そんな縁が舞い込むようになったという事は、もっと普段使いの着物を楽んでも良いのかもしれない。

そんな気持ちの余裕が生まれた、レンキュー・ベリー・マッチ★by ムササビヒンソーさま

久々に、「ながせや」さんへ向かう。

この日も「れんげ」になりかけたところ、
お蕎麦が食べたかったのと、
以前ちらりと目に留まったかき揚げを食べてみたかったので。

ほのぼのとした天気、同じような季節にいつだか由比の海岸沿いで桜海老のかき揚げのついた蕎麦を食べたのを思い出した。
急激に春めいてきた、そんな季節の変化に私はなかなかついて行けない。

営業していることを事前に携帯電話で確認し、それでも混み始めているという事を電話口から教えてもらった。
椅子席は既に埋まっており、奥の座敷へ。

メニューから私が選んだのはかき揚げせいろ。
暫く待つと、座敷の席も満員御礼となった。

かき揚げの・・・姿かたちが、丁度良かった。
小海老と一緒に抱き込んで揚げてあるのは小さく切った玉葱、これがほんのりと甘い。
美女の着物の袂が解ける様な、細く美しいせいろ蕎麦を啜るにつけて
島田の六合の蕎麦屋さんの天だねのちりちりとした可愛らしい佇まいがなんだか懐かしくなった。
修善寺の「朴念仁https://tabelog.com/rvwr/000461821/rvwdtl/B115844656/」然り、一定数の蕎麦屋には、こうした情緒があるものであると感じる、が。

奥の部屋、隣席では株取引談議で大声を張り上げる、ジャケットの下にTシャツをお召しの若い（といっても私と同じくらいかその下か）男性二人。あまりに声が大きかったので一瞥したがこれっぽっちも気が付かない。いろいろな感覚が鈍いのかもしれない。そうした話は諭吉を幾枚も重ねる様な近頃流行りのカウンターでしていただきたい。

「かき揚げ」はいただいても「野暮天」はいただけないので
情緒は心の中にとどめてごちそうさまをして早々に退散した。
そんな私は貧乏暇なしの「カキアゲビンボー＃言いたいだけ」である。

地球規模の大運動会が開かれる、当日。
昼時に天空の轟音を仰げばそれは、
入間の基地より飛び立ったばかりのブルーインパルスだった。
思わず飛び出し、爆音の彼方を見つめ終えると
自宅のベランダの真夏の日差しは相当な熱を帯び
そうなるともう、暑すぎる台所で作業はしたくないなと。

伊豆の南端で蕎麦屋をしていた祖母を持つ食いしん坊な令和の少納言は
馴染の公達からこのような猛暑の折は蕎麦が良いのではないだろうかとの提案を受け、
遠江の国より取り寄せた牛車に乗り込み
かねてより気になっていた蕎麦屋へと向かってみることにした。

疫病渦巻く中の大運動会の都合で、いきなり休日になった日の昼時。
着いた店には大人びた面々が優雅に昼餉を楽しむ様子があった。

案内された店の中央の席に腰を下ろし
品書きに目を通せば、懐かしい駿河の国の「戸隠」由来の蕎麦である「磯おろし」などというものもうかがえた。
迷いに迷って決めたのは冷やし鴨南蛮。

出てきた器の中の様子に思わず心が躍った。
まるくきちんとそろった円形の並びは
向日葵のように華やかな面差しだったからだ。

茄子の見た目の美しさと甘さが殊更感じ得るのは
鴨の旨味たっぷりの脂と相まっているからだ。
たおやかで香りのよい蕎麦は冷たい汁の中であっても上品な芳香。
そしてなんと昼を過ぎて僅かの時間であったこの日、ここで蕎麦が無くなったとのことで暖簾が下ろされた。
過去のレビウを見れば、この場所では高すぎる値段設定なのではと書かれる御仁も見受けられる。
しかしながらこの出来で1,000円台ならば納得かと個人的には思う。
そもそも二八の美少年の面差しの笊ひとつが1,000円越えの島田の六合の駅から遥かの蕎麦屋、宮本のような例もある。
わが故郷である伊豆の南端のいし塚も然り。
僻地であっても人を引き付ける魅力というものを品書きの値段ひとつで感じ得ない御方とは
おそらく都会の商売のそれしか知らないのであろうと、
伊豆の南端の寒村に生まれた自身は思う。
そして話を戻せば、
私の祖母は伊豆の南端で昼しか開けることのない蕎麦屋をしていた。
祖母の作る蕎麦の数々に
駅からかなり遠い立地の店にあっても客は観光さんも地元客も引きも切らず、
店外に行列を作るほどの盛況だった。

そしてこの日のこの店も、蕎麦を打ち仕上げるのは浅草で修業した女店主。
これも何かの縁が結び付けたのかもしれないと。